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「お証し」: ギャラガー・テル子 (2009年3月8日)

私は南洋テニアン島で生まれ13才になった時にアメリカの大艦隊が南洋群島に 向かって進行していることを兄から聞かされ、それからというもの私は大好き な水泳もまた軍歌をうたうこともやめました。そして考えられる事は只ひとつ 死を覚悟しなければならないということでした。しばらくして本当にアメリカ の艦隊はテニヤン島を囲み大空襲となり、人々は避難場を求めて山に行き、死 人を見ない日はありませんでした。私の家族も1週間飲まず食わずでしたので 願わくは水を飲んでから死にたいというのが家族の願いでした。

そんな苦しい思いをしている時に玉砕命令(ぎょくさいめいれい)が下り私達は 袋に入ったネズミのようにいまだ死を待つ身となりました。その時、不思議な ことに、軍船からスピーカーが流れて来たので耳をすまして聞くと何と、日本 語でした。それは、水も食べ物も沢山あるから出てきなさい。5時になるとま 艦砲射撃をするというのです。私は其の時たとえその水に毒が入っていても、 これで思い残す事はない家族と一緒に飲んで死ねるのだからと思っていまし た。飲んで食べて3時間後に、集浴場に連れて行かれ、そこで約1年くらい 抑留として暮らした後で天皇陛下から敗戦のニュースをラジオを通して聞きま した。そしてしばらくしてアメリカの軍艦でそれぞれの故郷に送り返されまし た。

それから何年か後に、エーリと出会い結婚をしてアメリカに77年に来まし た。でも97年に夫と家を失い寂しく暮らしている時、に息子が 「ママ、僕と一緒に教会に行こう」と何度もさそってくれたけれど、断ってい ました。2,3日後に若し僕が日本語の教会をさがして、4、5回その教会でメ ッセージを聞き、牧師ともお話をした後に1度でいいから行ってくれるの?そ の後は、ママ次第でも若し僕がさがした教会が嫌いだったら、ままが信じてい るという神に僕の事を絶対に祈らないでくれお願いだから、ままが祈った後、 僕は何時もきちがいになりそうだからと行ったのです。当時私は先祖崇拝を信 じていました。それで私はびっくりして、うんいいよと言って約束をし、その 日が来たのでビスタ教会に連れて行かれました。最初に教会に言った日は98年 1月18日でした。教会の皆さんが暖かく歓迎して下さり、とても嬉しかったで す。そして翌週もまた行きたいという気持ちが先走り1週間が待ち遠しかった です。そして洗礼を受けた日が98年4月12日イースターの日でした。

あの激戦でかすり傷ひとつも負わず神様に守られ生かされている事を知ったの は救われて後の事でした。また67年才になるまで真の神様に背を向けていた事 も知り、私は何と愚かであったのかと思い、悔やまれてなりませんでした。そ して感謝の祈りと悔い改めをした事を今でもはっきりおぼえています。神様は 息子仁を使って私を教会に導いて下さった事を信じて心から感謝をしていま す。息子が背後で祈っていた事を後でしりました。

すべて重荷を負っているものはわたしのところに来なさい。 あなたがたを休ませてあげます。」「マタイ11:28」

 
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