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「お証し」: シンプソン亜紀 (2009年10月11日)


クリスチャンになる前の自分はプライドが高く、負けず嫌いで自分を良く見せようとするところが多かったように思います。 ですから心に平安を持つことは少なく、イライラしたり情緒不安定な時もよくありました。
教会に行こうと思ったきっかけはまず、ベストセラーになっている聖書を読んでおいたほうがいいかなーと思ったことと、教会に毎週通うことでだらだら過ごしてしまう日曜日にメリハリのあるものに、そして英語の勉強も兼ねてというお粗末なものでした。ですからそのときは教会はイエス様の共同体で体であり、神聖な場所であるという自覚は全くありませんでした。
それが段々変えられていったのはバイブルスタディーで学んだことと、聖なる予言や神との対話というスピリチュアル系の本でした。
洗礼を受けた時もイエス様を受け入れたというよりも、ただ信じたいという気持ちの方が強く、何もわからずに洗礼を決めてしまいました。 なので自分の中で自分の犯した罪への罪悪感とハレルヤ私は救われたんだという喜びで一杯。。。。という気持ちからは少し離れていました。
日曜礼拝も自分がいい人になりたいから、日常に役立つありがたい御言葉を頂戴したいという自己の欲求を満たしてもらう為、教会を利用していました。
そんな私もスピリチュアル系の本から聖書中心に勉強するようになり、礼拝メッセージ、教会の皆さんとの交わりでどんどん変えられていきました。
私はクリスチャンになっても自分の犯してしまった罪で悩んでおり、どんなことをしても赦されないと思っていました。 そしてそれが解決されない限り救われたという思いは味わえないだろうと思っていました。 いくらイエス様はあなたの罪を被って十字架にかかって下さったと聞いても、洗礼によってあなたは新しく生まれ変わったのですときいても、理解できず自分が赦せませんでした。
しかし、私はその自分が犯してしまった大きな罪だけに気をとられ、他に自分が生きているだけで犯し続けている罪のことには目がいかず、傲慢な自分がいたことに礼拝メッセージで気づかされました。 そしてイエス様はその罪だけじゃなく前にも犯した罪をも、そしてこれから犯すだろう罪も赦して下さっているということを知り、イエス様の愛の深さに感動し、初めてイエス様を受け入れてよかったと心から思いました。 そして救われるということは、罪から逃げ出せるということではなく、イエス様の愛を知って救われるということだと気づきました。
クリスチャンとして教会に来るようになり、自分の弱いところ悪いところをさらけだして、イエス様の前で認めることによってすごく楽になりました。 心配事も委ねて、イエス様が時を持って解決くださることを信じ、答えを待つことも大切だということも少しずつわるようになりました。
最近はやった方がいいけどめんどうくさがったり、悪いことだけど皆やってるからやろうかなーとか気持ちがあるときは、心がざわついて平安がない自分に気づくようになりました。 聖霊様の助けが私を導いて下さってるのかなーと思います。 そして辛く大変な時こそ御言葉、イエス様の愛が深く感じられるんだなーということが最近実体験を通して感じました。 今まで人間の生きる目的はなんだろう疑問に思ってましたが、神の御心にそって目的にそって生きることだということがやっとわかり、すっきりしました。 無駄に思えることでも何か答えがあるに違いない、辛い悲しいと思うことでもそれを前向きに、神に委ねていけるようなクリスチャンになりたいです。 最後に御言葉を分かち合いたいと思います。 マタイ7-7求めなさい。そうすれば与えられます。 探しなさい。 そうすれば見つかります。 たたきなさい。 そうすれば開かれます。

マタイ6-33 神の国と神の義とをまず第一に求めなさい。 そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

 
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